チョーサーミード

二、三日前、「宅急便でーす!」という声に玄関に出てみました。コロナの日々以来、宅配便の方々は大忙しです。例年の中元・歳暮の時と同じくらい常に忙しいそうです。(生活を支えてくれるこの人たちに、いわれのない誹謗中傷をする人たちがいると聞いて、悲憤慷慨の思いです。)包みの形から「これはお酒だ!」と思いました。送り主はかつての教え子です。大学一年生の時から大学院博士課程後期までずっと一緒に勉強してきました。今はさる私立大学の専任講師で頑張っています。この一年、コロナの日々でメールの遣り取りになっておりますが、折々に連絡がきます。 

さて、中味は?と胸わくわくさせながら開けてみました。かなり黄色味をおびた白ワインです。名前が、なんと、「バーゴットワイナリー チョーサーミード」とあります。解説に寄れば、「中世のイギリス伝統の味をイメージして造られたミードです。」

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細身のボトルに入ったワインです。イギリス風とありますが、ワイナリーはアメリカだそうです。2016年にアメリカに出かけた時、ワシントン州のワインがおいしかったことを思い出しました。今や、カリフォルニア・ワインだけではないのですね。

私の知るミード(mead)は、まずはギリシア神話に出てくる「ネクター」と呼ばれる神々のお酒、次いで北欧神話に出てくる同じく神々や英雄のお酒です。中世英文学を知っている人なら、イギリス最初の叙事詩『ベーオウルフ』の王と英雄たちが宴で酌み交わすお酒でしょうか。私の好きなカドフェール・シリーズにも時々登場します。 

中世時代にはおそらく一般的なものだったのでしょう。国際中世学会、国際宮廷文学学会でも、研究発表のテーマになります。また、学会グッズで、中世のエールやビールに混じって、中世のミードが販売されています。(小振りのお銚子より少し大きいくらいでしたので、一度買い求めてきました。残念ながら味は覚えていません。)エジンバラ駅近くに、世界中のウィスキーを取り揃えているといわれる酒屋があります。そこでもミードは販売されていました。三合はありそうな量でしたので、そのときはスコッチを優先してミードは諦めました。(アルコール類を買うためにスーツケースを持っていく事も出来ませんし・・・。) 

このたびの銘柄は「チョーサーミード」で、ラベルはどうやら『カンタベリー物語』に登場するカンタベリー巡礼の図です。春に慈雨が冬枯れた大地を潤し、草木が芽生え、生き物すべてが命を繋ごうと賑わう時、旧約のイスラエル人が天からもたらされるマンナを受けて命を存えたように、チョーサーの時代、餓えた魂は神の恩寵に誘われて、イギリスの彼方此方から魂の命の蘇りを願ってカンタベリーを目指すというのが物語の大枠です。

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この絵柄は巡礼かどうか定かには分かりませんが、もし、チョーサーミードという名前で、馬に乗った人がいるとなれば、カンタベリー巡礼の図かしら、と連想するのですが、当たっているでしょうか。女性と相乗りというところが引っかかるのではありますが。

巡礼に参加した人々は、騎士、修道者、修道女、女房、商人、料理人、法律家、など、聖俗、地位、階級など様々で、中世社会の縮図といわれます。巡礼者の一行は旅の退屈を紛らすため、行きと帰りにそれぞれ一つずつ話をすることになり、一番上手に話をした者には宿の主人がご馳走をするということになっています。 

行きと帰りに一つずつですと、かなりの数になるのですが、その意味では未完です。が、未完という感じがせず、一つ一つの話はストーリーの面白さもさることながら、聖も俗も、そして人間の裏も表もよく知っていながら、その洞察の鋭さ、批判を皮肉とユーモアに包んで笑い飛ばす言葉の巧みさに驚き、魅了されてしまうのです。 

国際中世学会のイベントの一つは中世の宴です。現代のようなナイフとフォークではなく、中世風にスプーンとナイフが並んでいます。(現在のようなフォークが使われるようになったのはかなり後、18世紀のことだそうです。)中世風にしつらえられたテーブルに着き、中世風のメニューのお料理と中世風のスパイスのきいたワインで食事を楽しみます。その間、中世の楽人の装いをした楽士たちが中世の楽器を演奏し、歌い、寸劇や軽業を披露してくれます。 

贈物のワインは楽しい思い出を一気に蘇らせてくれました。さて、このワインはどんな味わいなのでしょう。今日は、送り主とたくさんの楽しい思い出をつくってくれた学会の皆さんに感謝しつつ、このワインを楽しみたいと思います。乾杯!