晩秋の白い花

暑さに喘いだ長い夏の後、待ち侘びた秋は、あまりにも早くに逃げて行ってしまいそうな今日この頃です。ようやく雨があがりましたが、秋の、あの爽やかな、清々しさは戻っていません。もうしばらくは秋晴れの日を楽しみたいものです。 

かつて私の小学校は、春は遠足、秋は運動会と決まっていました。最近は、運動会を春に実施する学校も多いようです。修学旅行もかつては高校三年生だったように思いますが、今は高校二年生だそうです。また、物見遊山は各人でも可能ということで、学習、研修を兼ねた工夫も凝らされているそうです。時代の流れを感じるところですが、今年は新型コロナのために多くの学校では中止になったと聞きます。こんな風に社会は、時代は変わっていくのかしらと思う日々です。 

もう一度、秋の日に会いたいなぁ、と思って新聞を取りに出ましたら、まあ、花の世界も少々時期を間違ってしまったようです。なんと、車輪梅がたくさんの花を咲かせているのです。いつもは春先から初夏に花を咲かせるのですが、今年は秋の終わりにも花をつけました。黒紫色の実はまだのようです。例年ですと11月ごろに実をつけますが。今年は、実はどうなるのでしょう。

f:id:kittozutto:20201012130759j:plain

車輪梅です。開いた花と蕾、そして咲き終わった花がいっぱいです。あれ、この時期に咲く花でしたっけ、と思って調べると、案の定、3月から5月、とあります。季節を間違えたのかしら、それとも…

その隣で花を開かせているのはお茶の木です。これは季節通りです。あちこちに花をつけています。一本だけですので、お茶を作るために葉を取ってしまうのはかわいそうです。いつも眺めるだけでお終いにしています。眺めるたびに、これでお茶を作るのかしら、とかつてテレビで見たお茶屋さんの作業場の様子を思い出します。

f:id:kittozutto:20201012130816j:plain

お茶の木です。こちらはいつも通り、10月に花をつけました。お茶の葉は、確かに茶畑でよく見る形です。ちゃんと手入れをしていないので、枝も葉も伸び放題です。

季節外れといえば、夾竹桃もその仲間でしょうか。裏に小さな夾竹桃があるのですが、たった一輪だけ、濃いピンクの花を咲かせています。「夏の名残の薔薇」という歌がありました。日本では「庭の千草」という題でした。夏の名残の薔薇は、確かに寂しいのですが、まだ夏の暑さの名残があります。冷え冷えという感じはありません。たった一輪だけ咲いている薔薇の姿が寂しさをそそる風情でしょうか。 

一方、その歌の日本版、「庭の千草」は秋の終わりです。千草も、虫の音も、絶えて寂しくなった庭に、白菊が一人遅れて咲いているという情景です。虫の音も弱々しくなった今の季節でしたら、「庭に千草」の方でしょうか。白い小菊でしたら、まことに寂しい、さぞ侘しい風情でしょう。ところが、我家の夾竹桃のピンクはしっかりした色で、大変元気です。今日の、少し雲の多い空のもとですが、なんとも健気です。よし、元気を出すか、と思ったことでした。