コロナの日々―街の姿

4月初旬に緊急事態制限が出てからの街の様子は、テレビでも連日報道されていました。あれから3か月半ですが、だいぶ以前のことのように思えます。当時は、新宿、渋谷などの駅周辺、大勢人が集まる繁華街、商店街など、驚くほど人影が絶え、通常なら路面すら見えなくなるほどの交差点などが広々としていました。その後、ステイホームや営業の休業規制が守られたためかどうか、検査数が少ないので実態はわかりませんが、ともかくも感染者数の数は減少し、5月下旬には緊急事態宣言の解除、6月初旬には東京アラートも解除になりました。これでそのまま落ち着いた状態が続けば問題はなかったのですが… 

解除以降、ステイホーム前後の駅までの道、電車の中、駅の周辺の移り変わり方に、おや、と気が付いたことがありました。

緊急事態宣言中、駅の周辺、電車やバスの中、人の姿は少なく、マスク不足が喧伝されるなかでも、ほとんどの人はマスクをしていました。ただ、学校が休みで家に籠ることが難しかったか、マンションが多い地区にある比較的広い公園には親子が集まり、中にはキャンプをしている家族もいました。テレビでは海岸に押し寄せる車、キャンプをする家族の姿もあり、なかなか徹底できない姿も見ました。近くの青梅街道の歩道は歩行者ばかりでなく自転車も走ります。通常は人の通りが多く、自転車もそうスピードをあげて走ることはできませんが、通りを歩く人が少なくなったころ、自転車の中にはスピードを上げて走るものもあり、別の意味で危険を感じました。散歩を兼ねて歩くのは、住宅街の人通りの少ない通りとなりました。普段もあまり人通りの多くない道ですが、昼間など人と行き会うこともないことがしばしばありました。 

こうした努力が功をそうしたかどうかはともかく、感染者数は少なくなり、緊急事態宣言が、次いで東京アラートが解除され、学校が始まり、休業していた店も再開し、人通りが徐々に戻ってきました。街は一見元の姿に戻ったかのように見えました。でもそうではなかったようです。街は元に戻ったのではなく、多少別の姿になっていることに気が付きました。駅は以前の通り、通勤通学の時間帯、帰宅時間帯は改札口に人が溢れます。大きな通り、商店街にも人が溢れ、賑やかになりました。ただ、みなマスクをつけ、店々には消毒液が用意され、レジの前には透明のスクリーンがおかれました。足跡で距離を取るよう工夫している店もあります。学校が再開され、大きな通りも昼間の自転車は主婦が多く、それほどスピードをあげて走ることはなくなりました。これで落ち着けばよかったのですが… 

元に戻らなかった、あるいは戻れなかったのは、街の姿というよりも、一部の人の心のありようかと思いました。街には、じっと我慢をしていた緊張が解け、もうこれ以上の我慢はできない、(そんな我慢はもうしなくていいかもしれない、)という解放感が反動的に現れることがあると感じました。時にはそれは音のないヒステリーであるように思えました。気温が上がるとともにマスクなしで出歩く人が増えてきました。特に、高校生から40代、50代前半と思しき男性のなかには、マスクなしで、あるいは顎マスクで、電車に乗る、人混みの中を歩く、といった姿が見えました。(マスクをつけることのできない体質の人もいるそうですので、マスクの有無だけでは批判できませんが。)またプラットフォームで大声をあげ、悪ふざけをし、ゲラゲラと笑う高校生や社会人なり立てらしい男性たちに危惧を覚え、そっと遠ざかることもあります。マスクはつけているものの、顎マスク姿も増えました。電車のなかではドアの周囲に固まり、大声でおしゃべりをする人もいます。電車通学の小学生は座席に陣取り、じゃんけん遊びをしたり、じゃれ合ったり。テレビでは路上でお酒を飲んで酔いつぶれている姿も見ました。こんな調子で大丈夫なのだろうかと案じられました。 

一方では、クラスが終わるたびに椅子、机、スクリーン、ドアノブなどを消毒液で拭き清め、消毒液を備え、感染者を出さないよう気をつけている学校や商店や売場があり、一方では大声で気勢をあげて、大騒ぎをしている若者や中年男女がおり、街で見る人々の姿は様々です。若い人たちは我慢、我慢で育った世代ではありませんから、大騒ぎする人たちにとって、この3ヶ月の我慢は精一杯だったのかもしれません。でも、本当に大変なのはこれからなのではないかと、これからの日々への虞を抱くのです。これから先が長いのではないかと思うのです。 

そうこうするうちに、予想通りというか、案じていた通りというか、感染者の数が増加していきました。特に7月10日を過ぎてからは、4月の緊急事態宣言発令時より多くなり、200人、250人とその数が増していきました。今日の感染者は290人だそうで、このままでは300人を超えるのも間近のようです。数だけでは正確なことはわからないと言われますが、それにしてもこれは怖い数ではないでしょうか。このようなときに、「Go to キャンペーン」を予定通り実施すると知りました。こんな時に実施して大丈夫なのだろうかと危惧を覚えました。直前に東京は除外されることになり、これがまた議論を呼んでいます。 

近県からの通勤者、通学者が往復することを思えば、東京だけ外しても中途半端ではなかろうかとも思います。「Go to キャンペーン」は、当初、コロナが治まってから実施するということになっていたのではないかと思います。この状況のときに前倒しで実施するというのは、きっと治まるまで待っては間に合わないほど、経済が悲鳴をあげているのだろうとは思います。それが、実施前の泥縄の「Go to キャンペーン」の経緯に表れていると思います。このまま実施して、感染者拡大につながらないのか、観光地は期待通りの収益を上げることができるのか、感染を怖れながらの観光旅行は心から楽しいのか、その辺はわかりませんが、その結果が良いものであればよいのですが。 

今回の「Go to キャンペーン」で東京を除くことになった結果、気の毒なのは、キャンペーンを見込んで予約してしまった東京在住のあるいは東京に来る予定の人たちでしょう。彼らがキャンセルをしてもそれについては責任を負わないとのことで、予約をしてしまった人たちはさぞ当惑していることでしょう。まあ、実施以前に先走って予約したのはそちらですから、ということなのでしょうが。確かにその通りなのではありますが、キャンペーンの前宣伝をそのまま受け止めたのはご当人たちではあるのですが。ご当人たちは、まさか、東京が外されてその責任を負うのは自分たちだなんてことになるとは思わなかったのではないでしょうか。 

似たような失敗は、多少なりとも、誰しもするかもしれません。思慮分別の足りなかった私は、彼らはもしかしたら若い時の私だったかもしれないと思ってしまい、彼らが気の毒になるのです。キャンペーンで余裕ができた分少々贅沢してみましたとか、延びていた新婚旅行をしたいと思ってとか、家族そろって里帰りとか、などと当惑しながらインタビューに答えていた顔を見ると、もっと慎重にすればよかったのになどというよりも、気の毒になってしまうのです。 

私について言えば、この年齢にもなり、何度か煮湯を飲む羽目になった経験もあり、(たとえお上のお達しであろうと、)うまい話、いい話には、一応、用心するようになりました。今回の「Go to キャンペーン」にあわせて旅行をする予定は、もちろんありません。コロナの状況が落ち着いていればまた別でしょうが、このような状況で出かけ行く気にはとてもなりません。が、もし、行こうと思ったとしたら、まずはゆっくり出かける計画を立てるまでにしておき、確実に実施されてから予約するだろうと思います。いつどうなるか、一寸先は闇ですから。彼らにとって、この度の東京排除も一寸先の闇の落とし穴だったのでしょうね。 

この度のことは高い勉強代と思って…と言えないことはありませんが、キャンセルするにせよ、正規の料金を払って出かけるにせよ、多少の苦いものが混じるのではなかろうかと思いました。でも、若い彼らです。せっかく行くなら万全の準備と用心をして楽しんできてほしい、キャンセルするなら次に笑って行ける日を楽しみにしてほしい、…などと、他人事ですのに、気が付くと心の中で、ぶつぶつと、彼らにかける言葉を呟いていたのでした。