2021年元旦

新しい年がやってきました。2020年の最後の日に、東京ではコロナ感染者の数が1300人を越え、いよいよ大嵐がやってきたか、と感じました。大変なことになっている、これからどうなるのだろうと、心配には思いますが、ジタバタしても始まりません。ここは、しっかり、するべきことを、注意深く、丁寧に続けていくしかありません。例年通り、大晦日の事どもを一つずつ果たし、年越蕎麦をいただき、来たる日々がより良いものでありますようにと願いながら休みました。 

今日も早起きをしました。冬至は過ぎましたから、少しずつ日は延びているのでしょうが、未だ暗いです。窓を開け、空気を入れ換えながら、こんな暗い時に父たちは初詣に行っていたのかと思いました。実家は、かつては関東地方では寒冷地といわれていた所です。冬の今頃、朝は零下で身が震えるほど寒かったことを覚えています。いつもは朝の弱い父が、この日ばかりは早起きをして、5時前には紋付袴でご町内の旦那衆と、歩いて5、6分の所にある瀧尾神社に初詣に行くのです。瀧尾神社は今市の総鎮守で、8世紀に勝道上人が日光二荒山上男体山二荒山大神を祀ったときに、一緒に祀ったのだそうです。そういえば、小学校の校歌にも歌われていました。 

私たち子どもが目を覚ます頃には、お雑煮の良い匂いが家中に流れていたものでした。お餅を焼くのは子どもの仕事です。関東風のお雑煮で、角餅、鳥だし、醤油味です。中に牛蒡の笹掻、大根、人参、里芋、三ツ葉などを入れます。家々によって、さらに鳴門か蒲鉾、焼豆腐、蒟蒻、白滝などを入れるようです。お屠蘇も用意するのですがあまり好まれず、大体日本酒になってしまいます。子どもは小さな小さな杯にほんの一たらし、お屠蘇と称するものをいただきます。 

多ヶ谷の家は出身が様々で、言ってみれば家人の祖父母のお雑煮です。基本的に関東風ですが、白滝、焼豆腐が入り、最後に柚の皮を一切れ入れ、海苔か新青海苔を入れます。珍しいのは膾で、私は紅白膾に柚皮を細く切って散らしたものしか知りませんでしたが、ここのは、椎茸、油揚、柿などが入ります。これは大変味付けが難しく、上手くできれば大変美味しいのです。特にお酒に良く合うのですが、祖母の味を受け継いだ者はおらず、今は紅白膾になりました。 

正月になるたびに、仙台出身の義父が懐かしがっていた、鯊の入ったお雑煮を作ってあげず仕舞いになったことを申し訳なく思います。私も一度もいただいたことがないので、どんなお味のお雑煮だろうかと、心の片隅にはあるのですが。いつか、味わってみたいと思っています。 

今年は静かな年明けになりました。この一年が、少しでも良い日々になりますように。