風に吹かれて・風が吹くとき

今朝、松尾葦江さんのブログで「風に吹かれて」を読み、この歌が流行っていた頃のことを思い返しました。大学生だった頃、この歌はよく歌われ、私たちも大学や寮で何度も歌いました。ベトナム戦争真っ只中だったと思います。大学紛争も治まりかけていましたが、デモも多く、常は穏やかな女子大学でもデモだけでなく教授方を詰問するといったこともあり、浮世離れた学生は「惰眠を貪る」と非難されました。

世が騒然としていたのはそれ以前からで、小学校の高学年のころ、東京では学生運動が起こり、ハガチーという政治家が羽田から引き返したとか、樺美知子さんという学生がデモの最中に亡くなったというニュースがありました。樺さんの不慮の死は子供心にも強く思いの底に沈み、折々に、そして今も思い出されます。東京に来て、はじめて清水谷公園に出かけていったとき、友人が、「デモの学生はここに集結して出発していったんだよ」と教えてくれました。静かな、落ちついた良い公園でした。緋寒桜だったか、早春に咲く赤い花をつける木がありました。もっと後になって行ったとき、ずいぶん小さい公園になっているように感じました。もう何十年も行っていませんが。

ずっと後で、お気に入りの一冊である『さむがりやのサンタ』の作者、レイモンド・ブリッグズの『風が吹くとき』(1982年)に出会いました。これは彼流の穏やかな純真な素朴な優しい雰囲気の絵本ですが、内容はぞっとするほどの恐ろしい未来を連想させる作品でした。正直に地道に素朴に生きる老夫婦が、核戦争の後シェルターから出て、あどけない表情のまま、少しずつ放射能に汚染されながらジワジワと死に向かって生きる日々を描く作品です。初めて作品に出会った日、そのインパクトの凄まじさに、私は緊張と興奮で眠れませんでした。

戦争は絶対にいけない、それは揺るぐことのない真ですが、どうしたら自国を守ることができるかということと同じように、それ以上に、どうしたら戦争にならないかということを真剣に考える必要があるなと思いました。このたびのウクライナ侵攻で起こっている様々な事を伝えるニュースに接する度に、古来、たびたび繰り返されてきたあらゆる戦争の事どもが連想され、その悪と毒気に圧倒されそうです。

この戦いの成り行きに、多くの人が、平和はお題目だけ唱えていればよいというわけではない、と真剣に考え始めたと思います。日本が置かれている地理的状況を思えば当然だと思います。ただ、日本の防衛を考えるとき、核を持てばなんとかなるということでは、決してないとも思います。威力の弱い核ならば、と考えている向きもあるようですが、核がひとたび使用されれば、ブリッグズの描く『風の吹くとき』の地獄が待っていると思います。

防衛は武器の確保ばかりでなく外交的努力が重要、大切だと思います。官も民も。国と国との間で永続する信頼関係を結ぶのは難しいかもしれませんが。食料、薬、水など、生活の基盤になるものの自給率を上げる必要がある・・・等々。

「風に吹かれて」を読んでおりましたら、「風が吹くとき」に思いが移り、つれづれに纏まらないことを思いました。