学生食堂

学生食堂、学生は学食と呼んでいますが。最近はどこぞの素敵なカフェ(テラス)を思わせるような名前の学生食堂も多く見られます。学食と〇〇カフェ(テラス)ですと、音の響きでイメージさせるものが違います。50年ほど以前の私の知っている学食は、ただ「食堂」とだけ呼ばれていました。〇〇パーラーというレストランが厨房に入っていたそうで、Aランチ、Bランチ、Cランチの三種類しかありませんでした。価格は230円から400円弱だったと思います。ランチ一式が大きなお盆に用意され、学生はそれを持ってテーブルに移動して食事をします。なかなかおいしいランチでした。コーヒーや紅茶などの飲物もあったように思いますが、食事はゆっくりとするというより、次の授業までのエネルギー補給場所という意識が先に立っていた気がします。多くの学生は自宅通学でしたから、たいていはお弁当持参でした。 

次の大学は大食堂で、ここは安かったです。かけ蕎麦、ラーメンが30円か40円、インディラカレーが80円。当時、授業の後師匠と一緒にみなで大学前の蕎麦屋で食事をして、延々とおしゃべりをしました。一番安い蕎麦が600円で、貧乏学生としてはちょっと痛かったです。この大学の学食も、大きなお盆を持って厨房の前に並び、流れ作業で出された椀物、皿をお盆に乗せてテーブルにつきました。前の小さな大学よりもメニューが多く、安く、学生の懐に親切でした。ついでに言えば、小さな中庭があり、ここにはこれまた小さく質素な喫茶店があり、コーヒーも紅茶も100円でした。 

勤務していた大学の食堂も、私の知っている食堂とスタイルはほぼ同じです。ただ少々、中身の割には割高だったと思います。また学生向きだからでしょうが、油物が多かったです。ここも弁当持参の学生がかなりいました。女子だけでなく男子学生にも、かなりの弁当持参者がいました。学生を見ていると、男女にかかわらず、弁当(だけでなく料理全般についてもいえるのではないかと思いますが、)を作る学生と作らない学生ははっきりしているようでした。自分で作る学生もいれば親が作る学生もいましたが。私は学食はほとんど利用せず、最寄り駅のパン屋でサンドイッチを買うか、ごくたまにはお弁当を持参したものでした。 基礎ゼミ、専門ゼミの学生と一緒にランチを、などという時は学食でしたが。

さて、世の中は様変わりで、学食は志願者を増加させるために必須のアイテムと言われて久しくなりました。あちこちの大学の食堂が高級レストラン並みに姿を変え、メニューも豪華で種類も増え、加えて安いという、いわゆるおしゃれなレストランやカフェ(テラス)スタイルになっていきました。 

先ごろ、コロナ騒ぎの少し前、そこで非常勤をしていた友人に、「最後の授業なのでここで昼食をしましょう」と誘っていただいて、その大学の学食に出かけました。この大学にはいくつか学生用の食堂やカフェ(テラス)があり、街中にアンテナショップまでありました。鴨台食堂という名前ですが、仏教系の大学ですので、読みは「おうだいじきどう」です。そこには有名な都内のホテルが入って調理を請け負っているそうで、おいしいので有名なのだそうです。一般人も予約をすれば満員でない限り入れます。さて、8階のレストランは二方が全面窓で見晴らしがよく、広々とした部屋に心がほぐれます。高級レストラン並みに丁寧に案内されたテーブルには、きれいな薄紅色のクロスのテーブル掛けがかかっておりました。 

肝心のメニューです。平日もおいしいのですが、土曜日にはハーフビュッフェ付きという特別メニューがあります。例えば、サーロインステーキが2000円(+税)くらいだったと思いますが、ハーフビュッフェ(たくさんのそして多種類の料理、デザート、飲物)が含まれます。学生食堂とバカにするなかれ、大変贅沢で、しかもとびきりおいしいのです。メインディッシュだけはテーブルに運ばれますが、あとはホテルのビュッフェスタイルのパーティのように、各自がそれぞれ好きなだけ、好きなものを取っていただきます。料理の並んでいるテーブルは常に補充されています。洋風、和風ともに、かなりの種類の料理の勢揃いに、こちらの目は貪欲にきらきら輝きます。既に満腹ですのに、それでもフルーツ、ヨーグルト、一口でいただける大きさの多種類のケーキを見ると、いくらでも、いくらでも欲しくなるのです。お変わり自由のコーヒーもありますし、友との話は尽きませんし…。頗るつきに素晴らしい学食です。 

所変わって、欧米の大学の学食も興味深いものでした。旅慣れた人は市内のホテルに泊まるのでしょうが、旅慣れず方向音痴の私は、基本的に学会場と宿泊場所が同じ学生寮に泊ります。前もって宿泊代金のほか、朝食と夕食のクーポン券を必要なだけ申し込み、当日はこのクーポン券を持って食堂に行きます。入口で券を渡し、お盆、ナイフ、フォークなどを取って列に並びます。メインディッシュのブースには給仕人がいて、二種類の内の一種類を選ぶとお皿に入れてくれます。(両方頼んでもいいかどうか試してみる機会はありませんでした。)ベジタリアンのためのメニューも完璧にそろっています。付け合わせも好きなものを好きなだけ注文します。ほかにも、例えば、ハムが何枚、オムレツがちょっと/多めに、ポテトは〇個、ソーセージは〇本、煮た/焼いたトマトはお玉〇杯、ビーンズはお玉〇杯などなど、こちらの注文どおりにお皿によそってくれます。パン、チーズ、果物、ジュース、飲み物、デザートはお代わり自由です。サラダはいくらでも自由なところもあれば、その量によって追加料金が必要なところもあります。パックになって値札が付いて並んでいるものはクーポン券には含まれていません。追加した分はテーブルにつく前にレジで支払いをします。大学によって、生野菜の豊富なところ、少ないところ、料理の味の良し悪しはあります。が、総じていえば、学生食堂として必要条件は十分にクリアしているのではないかと思います。 

学生食堂で忘れられないのは、一年間滞在したローマにある大学の学食で、バールと言っておりました。学生はほとんどが聖職者でしたので、みな自分の宿舎や修道院に戻って食事をしていたようでした。バールはそれほど広くもなく、テーブルも数多いとは言えませんが、そんな具合でしたから、混雑しているということはありませんでした。ごくたまには、友達と近くのピザ屋さんでテイクアウトのピザを買って近くで食べながらおしゃべりしたり、もっと稀には、やはり友達とレストランで食事をしておしゃべりをしたり、といったこともありましたが。 

さてそのバールです。小さいながらコーヒーの種類も多く、バリスタがおいしいコーヒーを入れてくれます。ピザ、パスタ、肉料理など、種類が多いとは言えませんが、おいしそうな料理が並んでいました。質のいいハム、新鮮で味の濃いトマト、格別おいしいチーズなどを挟んだピザ(パン)とコーヒーを合わせて、3ユーロ以内で食事ができます。7ユーロ半で、ハーフコースの食事もできます。そのなかには、グラスワイン一杯または500mlのミネラルウォーターが含まれていました。様々な、スピリットを含むアルコール飲料もあり、ビールも何種類か置いてありました。ノルウェーアメリカ、イタリアのビールがありました。ノルウェーのビールは人気がありました。イタリアのビールでは「フランシスコ」(だったでしょうか、)という名前のビールが人気でした。パーティも請け負い、その時は貸し切りになります。 

午前の授業が終わると、地階(日本の一階)にあるバールに行って食事をします。ここに通ううち、イタリアではカプチーノは午前中に飲むものであるらしいこと、アメリカンを飲む人は少なくて、ランチだけでなくたいていエプスレッソが飲まれていることなどを知りました。始めのうちはピザとコーヒーを一緒に注文していたのですが、まずは食事をして、それからコーヒーを注文するということも覚えました。今では日本でもよく知られていることですが、エスプレッソを入れてくれるのはバリスタで、お運びをする人とは別ということもこの時知りました。このバールが気に入り、昼食はほとんど、友達とのおしゃべりもたいていはここでした。通う間にバールの人たちと顔馴染みになり、中に入ると、大きな声で挨拶を交わせるようになりました。みな機嫌がよく親切でした。飲物はいつもカフェマキアートでしたから、あちらから「食後にカフェマキアートね」と言ってくれたものでした。コーヒーに垂らすミルクでいろいろな形を浮かべてくれ、それが楽しみの一つでもありました。 

それから10数年、退職して学食とは縁がなくなりました。外国も行くのも億劫になり、学寮の食堂とも縁がなくなりました。ただ、あのバールは今も折々に懐かしくなります。もう行くことはないだろうと思いますが、バリスタのお兄さん、気がいい親切なお姉さん、にこにこして、最大のサービスの身振りで席までランチを運んでくれたおじさん、思い出すたびに懐かしいです。あのバールにはもう一度行ってみたいものですが、その日が来るかどうか…。

でも、コロナの日々が一段落して、安心して外で食事ができるようになったら、鴨台食堂には行けそうな気がしますし、楽しみでもあります。是非、また行ってみたいですねぇ。友達と。